「和(やわらぎ)」の美学

Life Heart Message2016.9.28

 

「調和」という言葉は、ハーモニーが訳されたものであるが、じつに当をえた名訳である。古代ギリシア以来、ハーモニーは「多様の統一」として美的形式原理の一つとされていた。では、なぜこれを調和と訳したのだろうか。

 

それは、日本人の美意識のなかに、和(やわらぎ)の思想が脈脈と流れていたからである。争い事を好まなかった縄文人の一万数千年の和の文明が基底にあったと言えるのではなかろうか。その後の歴史の流れの中で、「さやけさ」をもとめた人の心につきあたり、明るく、はっきりして、さわやかな状態を志向する心があった。白木づくりやしめなわにその原型がみられる。

 

一方、歴史をくだって、室町から江戸の文化をながめてみると、「しぶい」という心の状態を、さがしあてることができる。おだやかで、わびしく、くすんだ心をさし、きらびやかさや、さわやかさを好まず、閑寂な風趣にひたる、いわゆるわび住まい、わび茶の精神を生む。このしぶく、わびしく、奥ゆかしい心の状態に一つの洗練された感覚を創出する。

 

日本の気候は変化がはげしく気象の急変や、天変地異に、人びとはあわてふためいたことであろう。それゆえに、人の心は、かたよることを好まなかった。偏(かたよ)りは(片寄(かたよ)り)であり、生活の型が極端に片方へ走りバランスがくずれるころであり、この極端なものをさけ、バランスをもとめた。バランスをととのえる心が、とりもなおさず、和(やわらぎ)の思想であった。

 

この思想が美の世界へうつされて、「極端なものをさけ、バランスをととのえる」美、つまり「粋(いき)」の美が生まれた。この粋が、「和(やららぎ)」の感覚に支えられたバランスあるセンスが、「和をもって貴(とうと)しとなす」ということばから「粋(いき)をもって美の本質とする」というみかたにおきかえられたのであろう。大和の国のまほらま(すぐれたよいところ)といわれた奈良は和の思想をうみ、京都はこれをそだてた。奈良も京都も、気候の変化

のはげしい日本にあって、かたよらない気候にめぐまれていた。地理的にも、和の原点になりうるじゅうぶんな土地柄であったといえる。

 

やわらぎの美は、かたよった美は、やわらぎをくずし、美をそこなうことになるため、昔から、かたち、色、素材、柄のバランスによって、ものや人に、どう和(やわらぎ)をあたえるかが、もの創りや、ものを使うさいの人びとの関心事であった。美の極致を和にもとめ、調べをととのえバランスをととのえる和の思想は美的センスの支えとなり、ゆとりや、おおらかさが生まれたのである。純粋なかたちをたえまなく追い求め、本質的でないものは、すべてきびしく取りのぞき、「より少ないものこそ、よりゆたかである」という簡浄の美はきわめてふくみのある、感動的なものであった。

 

人間の生き方を厳しく見すえ、そのすえに体得した、やすらぎ、枯淡、清雅さ、瞑想性、さとり、それらは美の造形感覚の到達する究極の境地であり、そこに、和(やわらぎ)の人間の真のゆたかさがあった。