「根元」の美学

Life Heart Message2016.10.26

 

西洋の魂は理性の合理性を中心に、東洋の魂は、感性の実感を大切にしている。今や、合理性は、人格の中核、及び人間の目的である事を拒否され、批判の対象になっており、人々は、理性によっては把握し得ない感動や、実感の内容を成するものに、人間の本質を認めようとしている感がある。人間の本質にある感性の実感を重視する文化こそ、日本的精神が内包する特色を成するものであった。

 

西洋はギリシャ以来、理性に「真」なるものを求めてきたが、日本の文化は、単なる論理を超えた生命の本質にある感性に「真」を見いだしている。西洋において「真」とは、おおむね「真理」を意味するが、日本においては「真実」を指し示している事が多い。

 

古今和歌集の有名な序文「やまとうたは、人の心を種として、万(よろず)の言(こと)の葉(は)とぞなれりける」という言葉は、人の心、すなわち感性が人間の本質であり、理性がその心によって揺り動かされ、その心を対象とすることによって、心に感じた真実を言葉で表現したものが歌となったと考えられる。

 

人間の活動は、全て内なるものの外化であり、それ故に人間活動によって形成された歴史の中にある価値あるものとして現在に伝えられている文化芸術や出来事は、人間の真剣な努力と活動の表現であると言える。人間の歴史において、各時代の精神として湧出した様々な人間性も根元的には、全て、生命に内在する感性の潜在能力であり、根元的創造力である。

 

だが、理性は嘘をつく事が出来るが、感性は嘘をつく事は出来ない。生命は正直である。帆とは騙されれば、その人を全く信じなくなる。それが理性的には当然の反応である。しかし、何かそこに深い理由が在るのであろうと、全く疑う事をせず、いちずにその人を信じ切って愛し続ける人の純粋な信に負け、その深い愛に感動し改心して立ちかえる愛の奇跡がある。

 

人間が究極において求めているものは、自己の心を本当に真底から満たしてくれるものである。生命の本質である生命存在として感性が示す「感じる力」感受性は決して受動的なものではなく、全く能動的な命の力であり、自己中心的な意志が、他者を思い遺る事が出来る「利他心」が存在する。

 

私たちは、現在、如何に高度な科学的文明の中に住んでいようと、決して人間の究極にある美質の意志と愛を、人と社会に具体的に実現して行く所に、人類の人間としての真の内面的文化の発展がある。人間は矛盾を含んで全体的調和を保って生きている存在であり、人間の理性も、感性の「よりよく生きる」という目的を実現するためにある。その真実の現象が感動である。感動は共鳴であり、その本質は、意志と愛であり、私たちは、不屈の

意志に感動し、深い愛に感動する。

 

この意志と愛こそ人間生命の実質的本質であり、真理を超えた真実(根元的原理)である。全人類を感動させる真実によって、世界の人々が生命の紐帯を結ぶ時、初めて地球に平和への道筋が開かれるであろう・・・・・