「献身」の美学

Life Heart Message2016.12.18

 

世界のあらゆる一流のオーケストラを指揮し、全欧州に君臨したフルトベングラーは、ナチスの暴虐なテロによって迫害されていた友人たちを悲しみ、守り抜いた。彼は身をもってその前に立ちふさがって、当時まだ19 歳であったベルリン・フィルのコンサート・マスター、シモン・ゴールドベルグをヒットラーの迫害に対立して彼を守ってゆずらなかった。また、ヒンデミットなどは極秘に音楽会場から、ひそかに国外に脱出せしめた。チェロの名手、フォイヤーマンや、作曲家のプフィッツナーらもこのようにして救われたのであった。

 

いかなる暴力も、フルトベングラーの世界的名声と断固たる勇気ある芸術への信念には一指もふれる事はできなかった。独裁と悪しき全体主義が支配する中にあって、「偉大な芸術を、音楽を創るのは、楽器でもなければ、「再現芸術」の完全な技術でもない。それはただ人間――純情で、素朴で清らかで情熱的で、献身的な、――偉大な人間であり、そういう人格と生命、本能が問題なのだ」と言う。

 

芸術家とは純情と献身にきびしく生き、その偉大な古典の故郷を限界まで追求する人にほかならない。そういう「人間」こそ芸術にはじめて意味と価値を与えるのである。

 

フルトベングラーの演奏の根底をなす意味を、一言でいえば「美しい心を取り戻す」事であったのではなかろうか。・・・

 

ベートーヴェンの「第五」の“運命”は、あの有名な「運命の手はかく扉をたたく」という示唆に、号泣と美しい慰藉(いしゃ)に聴衆は心から泣かされ、感動して立ち去ろうとせず、ハンカチを振って、一時間以上も別れを惜しんだ。また「第九」の時、ちょうど戦時中であり、集まった聴衆はみな悲しみと苦しみに絶望していた人々は、シラーの「歓喜の歌」が、希望と人類への讃歌が、しずかに、実にはるかに、ひびいてきた時、満堂みな泣かぬ人はいなかったという。

この事から、ほとんど神話にまで高められたのであった。

 

フルトベングラーは言う。「ベートーヴェンこそ、他のいかなる人にもまさって――モーツァルトやバッハにすらもまさって――個々の旋律は、およそあらゆる音楽的な構成と同様、その正当な位置づけを与えている。ベートーヴェンの音楽は統合的である、と同時にまた豊かな交替に織りなされている」「かくてベートーヴェンの音楽は音の言葉と魂の言葉との間の合一。音楽と建築と、人間の心的生命のうちに根を下ろし、錨を投じた劇(ドラマ)

との間の合一。特に「私」と「人類」と、個々の不安に脅かされた個人の魂といっさいを包括する共同体との間の合一。

 

ベートーヴェンが予見的な透徹さをもって彼の最後のシンフォニーの使命の中に告示したシラーの言葉。「兄弟らよ、星、輝く天の穹窿の上に、愛する父神は住みたまう」を彼が歌うとき、それは説教者の言葉でもなく、また一煽動家の言葉でもない、それは彼が芸術の仕事の端初から、生涯をかけて生きてきたものであり、これこそ、またなぜ今日の人間も彼の歌を聴いて感動するかという理由をなすものであるだろう」。

 

“苦悩をつき抜けて歓喜に到れ”ベートーヴェンの叫びが聞える。・・・・・