「尊厳」の美学

Life Heart Message2016.01.30

 

われわれ人間は、自分の意志とか、あるいは自己の力によって、この世に生まれ出たものではない。崇高な愛の瞬間、あなたの父親から、数にして4 億以上のおびただしい愛の種子が流れ出し、あなたの母親の胎内を泳いでいる途中、そのすべてがあきらめて死んでいった。その中で、たった一つ、あなたを除いてすべてが消えていった。

 

あなただけが母胎の暖かさのなかで辛抱し、あなたのかたわれであるたった1つの細胞をさがしもとめたのである。その細胞は小さく、子宮を満たすために2百万個の細胞が必要であった。その広大な暗闇と混乱の海の中で、あなたは我慢し、極微の細胞を見いだして合体し、新しい人生をはじめたのである。

 

そして2 つの細胞は奇跡の融合をとげ、2 つの細胞のそれぞれ23対(つい)の染色体をふくみ、各染色体の中に、何百という遺伝子がふくまれていて、それらの遺伝子があなたの瞳の色や魅力的な物腰から脳の大きさにいたるまで、あなたの特徴をすべて司(つかさど)るのである。誰とも同じではない性質を備えた、この宇宙の中でたったひとりしかいない、かけがえのないあなたなのだ。

 

これはわれわれ人間が、人類を越え、さらに万物をも越えて、それの凡てを生み出したこの大宇宙に内在する絶大な根本生命の「力」によって、この地上に生み出されたというに他ならない。

 

さらに宗教的にみれば、「人間がこの地上の“生”を賦与せられたのは、天仏(神)からこの世に派遣されたもの」と言えるのではなかろうか。とすれば、われわれ各自に課せられた使命は、いわばわれわれの体の中に蒔き込まれているわけであり、したがって何が、自分に課せられた使命かを、各自で突き止めなければならないのである。天から授かった自己の受け持つ使命、即ちその「分」を発揮するためには何が大事か。

 

その一つとして、自分のなすべき勤(責任)に対して、つねに全力を挙げてそれと取り組むこと。そして、つねに積極的に、物事を工夫して、それを美事に仕上げることが大切であろう。また、人に対して親切にし、人のため、社会のために尽くすことである。

 

すべての人間というものは自己の運命を自覚することによって、初めてその人の人生はスタートする。北里柴三郎は言った。「君人に熱を誠があれば、何事もでも達成するよ。」と。誠実、情熱、努力の結晶は、先人の偉業に表れている。

 

「学聖」と言われた永海佐一郎先生は、「人間の真のネウチはどこにあるか」という問題について一つの定式を立てていた。それは「仕事への熱心さ×心のキレイさ=人間の価値」先生の眼から見られると、自分の職務に対して不十分な大臣より、職務に忠実な小学校の用務員の方が、人間の真のネウチは上位にあると考えられていた。

 

哲学者森信三先生は、心から敬意と讃歎の念を禁じえないが、「ただ我われ凡人としては少し基準をゆるめて、「キレイな心」の代りに「暖かい心」ということにして頂けたらと思う」と、申されていた。