「利得」の美学

Life Heart Message 2017.03.06

 

明治のすこし前、埼玉の貧しい農家に男の子が生まれた。この子は頭がよかった事から、親戚一同の経済的な支援を得て、なんと東大農学部に入学する。当時は一族からエライ人を出そうという風潮があり、お金を惜しまなかった。だが彼は数学がにが手で、このため一年で留年、昔でいう落第生となり、思いつめて、大学の古井戸に飛び込んで自殺を計り死んで親戚一同に詫びようとしたが、苦しくなって、とうとう助けてくれェと古井戸の底で叫び、友人たちに助けられる。

 

先生の所に連れて行かれると、計らずも数学の教授であった。「なんでお前はこんな詰まらんことをした」と問いつめられ、「先生、私は数学が苦手です。死ぬより外にありませんでした」「お前は一体何回挑戦したのか」「はい300 回やりました。それでも解けないんです」このとき教授の挙骨が彼の頭に5、6 回飛んだ。「教授の俺でさえ難問題には千回は挑戦するっ。たった300 回ぐらいで問題が解けるかっ」「先生そんなにやったら寝る時間がなくなります」「馬鹿野郎っ。死んだらゆっくり眠れるっ」ここで彼は豁然と目がさめるのである。

 

それから1 日3 時間の睡眠で猛勉強に励み、彼は数学の天才といわれるようになる。「平凡な才能プラス努力は天才に勝る」という原理をつかみ、この「努力」の二文字を一生の宝として、それからの人生を歩んでゆく。

 

22 歳の時、ドイツ留学を命ぜられ、ブレンタノ博士の元、勉学に励む。帰国の折、彼のあまりの貧乏に驚いて、「君はあまりにも貧しい。学者でも金がなければ、自由を圧迫され、心にもない屈従をしいられて、肝賢の論文さえ無視されることがある」と論じ、お金を貯めることをすすめた。この言葉を肝に銘じて蓄財の一代決心をする。

 

そして有名な「四分の一天引貯金法」の編み出した人こそ、東大教授本多静六先生である。九人の家族に説明し、よく納得させた上で10 年間だけの辛抱をたのみ、忍耐することを覚悟させて実行する。

 

月末になるとおかずを買うお金がなく、毎日塩だけのおにぎりになる。夜店で駄々をこねる子供に、思わず財布に手がいったが、涙を流して家路に帰った。義理を欠き、人情を欠き、恥をかいて、黙々と天引貯金まことに恐るべし。

 

3 年目に入った時、鉄道株を買い、数年後には山林に投資して利益をあげ、本多博士60歳の時、家族に言う。「私の家には財産がある。この財産は私が社会から頂いたものである。だから、この財産すべてを社会にお返しする。ついては各人に現在の100 万円づつ渡すが、この金額は若いときから貯めた涙の金だ。何に使おうと私は一切干渉しない。しかし、君たちは今後自力で生きて行け」こう言い渡したあと、この金で60 億円に相当する全財産を社会事業と教育事業に寄付して、無一物になったが、身についた信用と知識は著書370 冊となり、その利徳と散らし方を教えて悠々自適の生活を送り85 歳の生涯を閉じる。

 

慧光照無量・・・・・