「持続」の美学

Life Heart Message2017.04.10

 

年老いたゲーテに、これまでの仕事の中で、何がいちばん意味深いと思いますか?この質問に苦笑したゲーテは、「色の考察です」後世に意味があるとしたら、わが『色彩論』に勝るものはない--------。

 

『ファウスト』がすでに世に出ていたが、生前に刊行を見なかった『色彩論』を第一にあげるのではあるまいか。なぜならゲーテ自身が『色彩論』のなかでくり返し、これは自分がもっとも長い歳月にわたり、かつはもっとも熱意を込めてたずさわってきた仕事であることを力説しているからだ。これほど長期に及んで、これほど持続して追求したテーマはないというのだ。30 代のイタリア滞在中に色彩に目覚め、40 代から少しずつ書きはじめ、何度となく加筆訂正したのを60 代になってようやくまとめあげた。『ファウスト』はさらに長期にわたっていたが、あいだに長い中断があった。

 

一方、『色彩論』は30 年に及んで一貫して追いつづけ、三部構成を考え「教育学的」「論争的」「歴史的」の部門に分けられていて、ねばり強く書に継いだものであり、ゲーテにとって重要な著書であったかは、巨大なヴォリュームの著書の厚みからも、さまざまな実験の積み重ねた苦労が伝ってくるからである。

 

中年から老年にかけての30 年間、ゲーテは燃えるような熱意とともに虫眼鏡をのぞき、プリズムに光を通し、常に我が目をレンズとし、た画家の眼差しで反応した。この『色彩論』が、ニュートン批判になったのは、終始、色彩の物理学ではなく、色の生理学であり、色彩と人間の感覚との関係を、包括的で示唆に富み、また、これほど独創的仕事が世になかったからで、ニュートン学派や、光学の専門家、理学者からせせら笑われ、相手にされなかった。

 

ゲーテの『色彩論』は人間の感覚、とりわけ目玉に捧げられた長大な讃歌である。精妙に反応を示すその「特殊感覚エネルギー」を実証するために、自分の目玉を素材にして、30 年に及び一連の「化学実験」をしたゲーテの色彩考察は、感覚の不思議さ、その多層性をあざやかにとらえていた。ゲーテはニュートンのように色を不変のものとは見なかった。

そこに取り上げてあるのは、つねに初々しい感覚機能をしめしていた。

 

晩年「エッカーマンとの対話」で、どうして『色彩論』が世にいれられなかったかと問われ、ゲーテは「読んで学ぶだけでなく、実行を求めている本だから」と言った。「天地の万物」にかかわり合って、それを動かしている原理を究明しないではいられなかった。ゲーテは、1832 年3 月22 日死去する10 日前、知人にたのまれ、その人の孫のサイン帳に絶筆となる詩

 

戸口を掃除しよう

すると町はきれいだ

宿題をちゃんとしよう

するとすべて安心だ

 

ものものしく解釈される「もっと光を!」よりも、童心に返った4 行詩こそゲーテの言葉にふさわしい。前年『ファウスト』を仕上げ、封印までしていた。宿題をちゃんとすまして安心していたゲーテ・・・・・慧光照無量・・・・・