「省察」の美学

Life Heart Message2017.05.29

 

1936 年、スペイン市民戦争が勃発。アンダルシアの寒村にマヌエル・ベニテスという名の男児が誕生する。喜ぶ父親とは対照的に、母親は「また一人食わせなきゃならないのが生まれたよ」と、12 歳の娘を前に涙を隠さなかった。この貧しい小作人一家の父親は内乱に駆り出された不在の間、一家を必死で支えようとした母親は力尽き、1941 年、36 歳で亡くなる。父親は市民戦争の罪に問われ再会の後に逮捕され、1947 年に獄死。

 

子どもたちは餓死すれすれの生活を余儀なくされ何度も地の底に突き落とされるような屈辱を味わい、数知れぬ挫折にも夢と希望を見失うことなく、不屈の精神で日陰から日向への野心の青年マヌエルは「富と名声」と約束された明日の闘牛士をめざした。そして、ついに首都マドリードの大闘牛場ラス・ベンタスのひのき舞台に立つ日を迎える。

 

1964 年5 月20 日、この日、満28 歳となった彼は、闘牛の伝統と格式を重んじる保守的闘牛支持者からは冷たい視線を浴びていたが、闘牛場を埋め尽くす大観衆は、彼の「すらりとした挑戦的な姿」に、スペインの勇敢な牡牛と闘う乾坤一擲の勝負に、新生スペインの息吹を感じていた。彼にとってこの闘牛に失敗したら、またの機会はない。もし、負傷しても「立ち上がって、気絶するまでやるんだ」と、興行師は厳しく言い渡す。身の上を案じて涙を流す姉に彼は、「泣かないでおくれ、アンヘリータ、今夜は家を買ってあげるよ、さもなければ喪服をね。」と言って、衰退の一途をたどっていた闘牛界に躍り出る。

 

熱狂する観衆であふれる場内は興奮の坩堝(るつぼ)と化す。彼は牛を引き寄せると、自分のからだを軸にして・・・・・ぐるぐるひきまわし、熱い、波打つ脇腹がからだをこするまでにさせ、野生の輪舞の中に、牛の宿命の避けられない死に、牛は自分を屠ろうとする人間を値踏する「高貴な特権」が与えられている。

 

すなわち、自分を殺そうとしている人間を角の一突きで「不具にするか、殺す機会を与えられる」という。人間の側から見れば逆襲を受ける要素を持ち込んでいるところに、勇気と名誉心を重んじるスペインの国民性があった。

 

天才闘牛士エル・コルドベスの人並みはずれた勇気は、彼の心の中に深くまといついた“喪”の風景として、生き物の世界の、殺すものと殺されるものとのつながりを感じていた。牛とともに自然の秩序の中に生きる者として、おそらく無自覚にせよ、自ら進んでより大きな存在の前にひれ伏しているかのような狂おしい祝祭性を伝えていた。

 

スペインの生んだ哲学者オルテガの『狩猟論』に「獲物から生命を奪う血なまぐさい狩猟家こそが、人間の卓越性への過信、傲慢な所有欲、征服者の無意味な殺戮を相対化する」――――という省察を思う。