「あやまち」の美学

Life Heart Message2017.06.19

 

大正15 年12 月25 日、大正天皇が崩御。昭和元年はわずか1 週間で終り、年が明けて昭和2 年となった。教養主義が花開いた大正期に青春時代を送り、芸術に人生の意味を求めた天才作家芥川龍之介は、この年の7 月24 日、睡眠薬を大量に服用して自殺する。時代の不吉な予言者のように、3 月には金融恐慌が起こり、4 月には中国人の暴動を抑えるため海軍の陸戦隊が出動する漢口事件が勃発、5 月には第一次山東出兵へと、戦争の時代へのカウントダウンがすでに始まっていた。

 

芥川龍之介の自殺は、文壇のみならず社会的事件となり、後追い自殺も相次いだ。衝撃的な死によって、名声はかえって高まったともいえる。芥川は、「わが子等に」と題した遺書を遺していた。長男比呂志(7 歳)、次男多加志(4 歳)、三男也寸志(2 歳)の三児への文に

 

「一、人生は死に至る戦ひなることを忘るべからず。

二、従つて汝等の力を恃(たの)むことを勿(な か)れ。汝等の力を養ふを旨とせよ。

三、小穴隆一を父と思へ。従つて小穴の教訓に従ふべし。

四、若しこの人生の戦ひに破れし時には汝等の父の如く自殺せよ。但し汝等の父の如く他に不幸を及ぼすを避けよ。

五、茫々たる天命は知り難しと雖(いえど)も、努めて汝等の家族に恃まず、汝等の欲望を抛棄せよ。是反(これか)え

つて汝等をして後年汝等を平和ならしむる途なり。

六、汝等の母を憐憫せよ。然れどもその憐憫の為に汝等の意志を抂(ま)ぐべからず。是亦却(またかえ)つて汝等をして後年汝等の母を幸福ならしむべし。

七、汝等は皆汝等の父の如く神経質なるを免れざるべし。殊にその事実に注意せよ。

八、汝等の父は汝等を愛す。(若(も)し汝等を愛せざらん乎(か)、或は汝等を棄てて顧みざるべし。汝等を棄てて顧みざる能(あた)はば、生路も亦なきにしもあらず)」

 

人生の戦いに敗れたなら、父と同じように自殺せよといい、その時は父のように他者に不幸をおよぼすなと諭している。妻を苦しめ家庭に不和をもたらした後悔と苦悩、そして父の轍を踏んではならねという思いがあったのではなかろうか。彼の死後、時代は加速度的に不穏さを増していく。

 

昭和3 年には張作霖爆殺、同6 年には満州事変。その後、血盟団事件、5.15 事件、昭和11 年、2.26 事件へと激動の昭和となった。芥川龍之介が自殺する前に斎藤茂吉に宛てた書簡に「唯今の小生に欲しきものは第一に動物的エネルギー、第二に動物的エネルギー、第三に動物的エネルギー」と記していた。

 

ゲーテは言った。「人間のあやまちこそ人間をほんとうに愛すべきものにする。」と・・・・・・