「寄贈」の美学

Life Heart Message 2017.10.02

 

豪華なストークス邸の図書室の大理石の炉棚に開いた本の模様が施され、さらにその本には、次の言葉が記されていた。「議論できない者は愚か者であり、議論しない者は偽善者である。そして、議論しようとしないものは奴隷である。」この言葉に深く感動した若きアンドリュー・カーネギーは、その時「いつか必ず自分も図書室をつくろう。そしてこの部屋と同じように、私の図書室もこの言葉で飾るのだ」と決心した。

 

この誓いはニューヨークとスキボの図書室で実現する。そして、ニューヨーク市にある68の公立図書館の分館建設に5025 万ドルを寄付。ブルックリン市の20の図書館を建て、アレゲニー市に公立図書館とホールを贈る。これをきっかけに、博物館、美術館、技術学校、そして子女のためのマーガレット・モリスン学校を建て、市民に公開。カーネギー・メロン工業大学設立。

 

「分配は過剰を取り除き、すべての人に充分な財産を与える」と、シェークスピアは言ったが、カーネギーの成功に多大なる貢献をしてくれた工場労働者に深い感謝をこめて、5 分利付き社債、400万ドルを贈呈。また労働災害の救済年金に加えて同様の債券100 ドルを寄贈し、利子をつけて総額2500 万ドルにする。

 

会心の事業「英雄基金」を設立し、大事故の時、人を救出するために勇敢な行動の先頭に立った人や、そのために自らの命を落とし、帰らぬ人となった遺族に援助資金を寄贈。祖国イギリスにも創設。さらにフランス、ドイツ、イタリア、ベルギー、オランダ、ノルウェー、スエーデン、スイス、そしてデンマークにも基金を広げた。

 

アメリカでは1430 人がこの基金を受け、生活を保障されている。教会にオルガン7689 台寄贈。鉄道年金基金、製鋼業年金や、ピッテンクリフ峡谷を買い取り、公園として寄付等、カーネギー氏の篤志家として1919 年に他界するまでに(2000 年の価値換算)で30 億ドルを寄付していた。

 

大恐慌がアメリカを襲った1931 年に労働者の家庭に生まれた男子は、成長して無一文から事業を起こし、努力によって莫大な富を築いた。彼は裕福な人物は「顕示や奢侈を戒め、慎ましく虚飾のない生活の範を垂れる」べきというカーネギーの教えに恥じぬ生き方をした。彼の母親は「お金はうんこみたいなものだから、ばらまいていろんなものの肥やしにして、物事を育てて実現させること」これが彼女の哲学であった。

 

世界最大級の成功をおさめた財団を作った彼の名は「チャック・フィーニー」は匿名で、大学、医療機関をはじめ、その他9 億ドルを寄付したのにだれも知らなかった。しかし無理であった。彼は古いゲール語のことわざに共感し、「死に装束にポケットはない」と4 半世紀で寄付した額は40 億ドル、20 億ドル強はアメリカへ、10 億ドル強はアイルランド島、オーストラリアとベトナムにそれぞれ2 億ドル、南アフリカでも大きな影響を持ち、イギリス、タイ、キューバ、バミューダにも広がっている。フィニーの民間外国ドナーは断トツの一位であった。

 

彼の黄金の志は、富は人助けに使うべきだという美学があった。