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「正義漢」の美学

Life Heart Message 2017.10.16

 

人類の最高の偉業がしばしば人類の愚劣さと弱点の証拠と共存することがある。1894 年ユダヤ人の将校ドレフェスはドイツ人に軍事機密を漏洩したというかどで軍法会議で有罪を宣告され、有名な「悪魔の島」イル・デュ・ディアブルに投獄され終身刑に服していた。

 

当時フランス陸軍省の将校だったジョルジュ・ピカール大佐が、たまたまドレフェスの無罪を証明する機密文書を手に入れた彼は、フランス陸軍の参謀幕僚に報告するが、彼らは本件を不問に付すように彼に命令した。ほかの将校なら命令に従っただろうが、ピカール大佐は従わなかった。ひきつづき調査をした事から、アフリカの遠い駐屯地への左遷命令を受ける。だが、彼は、フランスを去る前に事実を暴露した資料を有名な弁護士に手渡した。事件は会議で問題となり、ピカール大佐は軍機漏洩のかどで投獄された。しかし、さらに多くの事実が明るみに出されると事件は国家的スキャンダルに発展した。

 

エミール・ゾラは有名な公開状「われ抗議す」を発表し、政府の事実隠蔽を責めた。抗議が非常な勢いを見せるようになり、政府は再審のため、ドレフェスを本国に帰還させざるを得なくなった。あらたな証拠が提出されて、その中にすでに釈放されたピカール大佐が発見したものも含まれていた。

 

ドレフェスの無罪が立証されたが、軍にめんつを保とうとして、ドレフェスに再び有罪の宣告を下した。しかし酌量すべき情状があるとして、その刑期を禁固10 年に短縮し、その後すぐ政府は彼を赦免する。だが、彼の無罪は公には認められなかった。それでピカール大佐たちは彼の罪名を晴らすために闘いを続け、数年後、ついにドレフェスは完全に無罪となり軍籍に復帰した。

 

しかし、ドレフェスの敵は彼を暗殺しようと計画した反ユダヤ狂信者に狙撃され負傷したのである。このドレフェス事件の真犯人は、陸軍大臣エステルアジであったが、最も恐ろしい点はドレフェスがユダヤ人なるがゆえに多くの人々に敵視されたという事実だった。この疫病は、一国民全体に感染したのである。

 

ピカール大佐との友情を通じていたパブロ・カザルスは、彼の非情な正義漢でピアニストである彼のモットーは「芸術には完璧、人生には正義」に共鳴していた。カザルスは言った。「人類の尊厳に対する侮辱は、私への侮辱である。人間の権利は、他の人たちより芸術家は特別な責任を負っているのだ。なぜなら、芸術家は特別鋭敏な感覚と知覚力を与えられており、他の人の声は聞かれないときも、芸術家の声は聞かれることがあり得るからだ。芸術家ほど自由の擁護と自由な探求に関心を多く持たねばならぬ者が他にあろうか。この二つは芸術家の創造活動そのものに欠くべからざるものである。」

 

シェリーは言った。「真理と正義によって立て!臆病者になるな、心の思いを語れ!!」