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「荘厳」の美学

Life Heart Message 2017.12.18

 

たった一人で八ヶ月間の世界一周旅行の途中、スイスの山塊のリッフェル湖畔のほとりにたっていた白川義員氏は感動につつまれていた。「周囲の山々の頂はすでに新雪におおわれていた。まだ薄暗いマッターホーンが、鏡のような湖に逆三角形に映っていた。突然マッターホーンの頂上が、赤紫色の灯がともったように光った。それは東の地平線に日の出の太陽が今閃光を放ったのである。と見る間に、頂上から東壁の新雪を光が駆け下るように広がりながら強烈な赤色に変わってゆく。山の上の天空が黄色に染まった。まったく音のない真空の世界で、色彩だけが踊るように変化する。私は写真を撮ることも忘れて眺めた。まさに彼岸の世界をみているように思った。……」

 

この体験によって、白川氏は勤めていたテレビ局を辞して写真家として独立する。

1962 年の秋のことである。

 

それからヨーロッパ・アルプスに8 年間こもり、メンヒやウェッターホーンの頂上から見る日の出も、この世のものとも思えなかったし、モンブラン山群の日没やその後の月夜の風景も気が遠くなるほど美しく、毎日が感動の渦の中にひたっていた。「われわれ人間が住んでいるこの地球がこれほどまでに鮮烈で荘厳な美しさであることに、私は心底感動した。」と述べている。

 

1967 年白川氏はヒマラヤの撮影を開始し、8000 メートル峰14 座、7000 メートル級三百十数座、6000 メートル級に至っては数えきれないという、東西3000 キロにわたる大山群中を4年間にわたって旅し、人間のはかなさ、人間の小ささを骨身に沁みて感得する。そしてその間、幾度となく、死の淵にも立たされる。また撮影特許取得の最も困難なパキスタンとインド、中国の3 ヵ国は不可能に近い仕事であったが最善をつくして撮影。チャーター機のフライト6時間で13 万ドル、工作費や警察に対する寄付金やヘリポートの建設費まで負担され2000 万円を要求された。

 

言語に絶する体験の中で、深い感動の風景に見とれて至福の時を迎えると、人間の精神や神経は一変し、生命回天させ、その山々の背後にある宇宙に遍満する、偉大な精神的存在を見、それに畏敬の念や敬虔の感情を抱いた筈である。その畏敬の念や敬虔の感情を多くの現代人は失っているそれを「もう一度呼び起こし、人間たる所以である人間性を復興する何らかの端緒の一つになってほしい」との願いが白川義員氏の原点であった。

 

アインシュタインは「宇宙的宗教感情」Cosmic religious feeling と呼んでいる。宇宙の秩序と統一に対する根本直観にもとづく畏敬の感情と同質のものであり、「宇宙的宗教感情」は、愛と平和による「人間性回復」につながるものであろう。「われわれは眼に見えるものより眼に見えぬものにより深くつながっている。」とノヴァーリスは言ったが、「聖なるものを見る視座がなければ、人間の尊厳という思想の根はできない」と、A・アタイデ氏の言葉が響く。