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「モナ・リザ」の美学

Life Heart Message 2017.12.25

 

長い間にわたって浮かび上がったレオナルド・ダ・ヴィンチの名画「モナ・リザ」に関する情報をきちんと整理することは容易ではないと言われている。断片的で混乱が多く、この絵のモデルの女性は誰であるのかわかっていない。決して完成されることのないパズルのようだ。

 

「ジョコンダ」という名前が初めて登場するのは、1523 年に殺されて死んだ弟子のサライが姉妹に残した遺産リストの中であった。

同じ時代に詩人エネア・イルピーノがレオナルドによって描かれた素晴らしい肖像画について称賛の言葉に「あの卓越した素晴らしい画家は、つつましやかなヴェールの下にたいそう美しい人を描いた。それは、あらゆる芸術を越え、さらに自分自身さえも超える勝利であった。」詩はイザベッラという女性に捧げられており、これが、ミステリアスな女性に名前を与える上で、最有力候補となる。けれども今日、貴婦人のモデルではないかという疑惑は強い。反駁できない決定的な答えは、まだまだ遠いのだ。そして、おそらく、これでいいのかもしれない。

なぜなら、レオナルド自身が、その手がかりを消してしまったのだから。

 

なぜ、レオナルドは依頼者に絵を渡さなかったのか?なぜ長年にわたって都市から都市へと移る中でも持ち運び、最後の瞬間まで手を加え続けたのか?これらの重大な疑問に答えるため、この絵が、ミラノで大人になって再会したレオナルドの生みの親カテリーナの肖像画ではないかと仮定する者もいる。彼は実在の人物の顔つきを描くことから始めて、少しずつ理想の肖像画に変えていったのではないだろうか。その過程において、新たなバランス感覚、革新的な陰影の効果や、感情表出などを探究したのかも知れない。

 

この「モナ・リザ」から影響を受けた画家の一人はラファエロであった。150 年頃、フィレンツェのレオナルドの工房にかよって一連の肖像画を描くが、それらは、いかに「モナ・リザ」に心を捉われたかが分かる。レオナルド逝去後、絵はフランス王室のプライベート・コレクションとしてあったのち、ナポレオンの寝室を飾る。

 

1815 年にようやくルーブル美術館に収められ、文学者ボードレールや偉大な批評家が注目したおかげで、この作品は美と神秘の象徴となる。レオナルドが描いた貴婦人は永遠の存在へと変化する。

 

1911 年8 月21 日「モナ・リザ」が盗まれる大事件となったが、2 年後塗装工の逮捕によってルーブルに返却する。「モナ・リザ」は、ローマとミラノで巡回展示され、多くの人を魅了したあとでパリに戻る。数年のうちに、アヴァンギャルドな現代芸術の創作に刺激を与える象徴的存在となる。

 

今日では、モナ・リザは、T シャツやマグカップ、バッグに印刷されたものがあふれ、その微笑みは世界中の人々の注意を引く。真の姿をほとんど奪ってしまったが、どのような状況にも合わせられる象徴的存在となり、5 世紀の時を経て、レオナルドは自分の目的に到達した究極の神話となったのかも知れない。

 

よき新年をお迎へされることを祈って。