· 

「本質」の美学

Life Heart Message 2018.11.12

 

わが国でもっとも栄誉のある賞の一つである「石橋湛山賞」を授与された経済学者・神野直彦氏の祖父は一代で財を築いた。しかし、その過程では筆舌に尽くし難い苦労をしたようである。しかも、良心の呵責に耐えながら、心を鬼にして挑まなければならない辛く悲しい行為も数多く重ね、そのため祖父は、生まれてくる孫には、金儲けをさせるな、偉くならせるなと、母に言い聞かせていた。しかし、戦争によって、一変して事業は閉鎖され、追い打ちをかけるように、祖父は他界する。神野氏の母は祖父の教えにそって「お金」で買えない「もの」を大切にすること。たとえば、自分で苦労して記入したノートは市場では売っていないように、市場では購入できない友情や愛情も大切にしなければならないこと。価格の高いセーターよりも、母の編んだ無償のセーターのほうが圧倒的に「効用」は高いのである。

 

サン=テグジュペリの『星の王子さま』に、キツネは「人間ってやつあ、いまじゃ、もう、なにもわかるひまがないんだ。あきんどの店で、できあいの品物を買ってるんだがね。友だちを売りものにしているあきんどなんて、ありゃしないんだから、人間のやつ、いまじゃ友だちなんか持ってやしないんだ」と言い放った。『星の王子さま』はバラの花たちに、「あんたたちは美しいけど、ただ咲いているだけなんだね。あんたたちのためには、死ぬ気になんかなれないよ」と告げた上で、自分の慈しみ育てた一輪のバラの花は違うという。「そりゃ、ぼくのバラの花も、なんでもなく、そばを通ってゆく人が見たら、あんたたちとおんなじ花だと思うかもしれない。だけど、あの一輪の花が、ぼくには、あんたたちみんなよりも、大切なんだ。だって、ぼくが水をかけた花なんだからね」と言った。母の教えのもう一つは、「偉くならないこと」であった。

 

人間は他者との触れ合いながら、人間になっていく。キツネが『星の王子さま』に語る「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目に見えないんだよ」という言葉を、神野氏は自分に言い聞かせ、母の教えで学びといった大切な点は、愛とは責任であるということにある。愛するということは、責任を引き受けることだと言う。なぜ責任を引き受けるのか、それは愛しているからである。人間と人間との絆を築くということは、永遠に責任を背負うということにほかならない。キツネは『星の王子さま』に「人間っていうものは、この大切なことを忘れているんだよ。だけど、あんたはこのことを忘れちゃいけない。めんどうをみたあいてには、いつまでも責任があるんだ」と説いている。

 

母に、「どうして本をこんなに買ってくれるのか」と尋ねたことがあった。母は「お金は人間を高めない。お金を本に換えておくと、本はお前の人間性を高め、将来のお前を創ってくれるからだよ」と微笑みながら応えたと言う。幼き頃に母の惜しみない愛に抱かれた時の流れによって、神野先生は、リベラリズムの立場に立った真の意味における経済学者となって活躍されている。