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「研究心」の美学

Life Heart Message 2018.01.01

 

日本人にとって、ペルシャ(波斯)という言葉は、懐かしさと共に、美しさを伴って響いてくる。それは3 世紀から7 世紀にかけて、メソポタミヤ一帯に花開いた、あのササン朝ペルシャに由来するかもしれない。

 

正倉院に納められている御物に、今も魅了してやまない染織品の数々は、見る人をいにしえ人への郷愁と、香り高い美的体験に誘ってくれる。ササン朝ペルシャがアラブに滅ぼされても、人々はその他に住みイスラーム教を受け入れ、アッラーを唯一神と認めて帰依した。そしてその高度な美意識はイスラームという、大きな流れの中で一層磨かれ偉大な文化を作り出していった。ペルシャの織物の歴史は新石器時代にまで遡るといわれている。

 

1950 年カスピ海近くの洞窟で羊と山羊の毛織物の断片が見つかった。これは紀元前6050年頃と推定されている。それから今日まで、気の遠くなる長い年月、イランの地は常に最高級の織物を産み続けてきた。地図でイランを見ると東西の文化の要、織物文化の中心に位置し、東の中国は絹を、中央アジアの遊牧民は羊毛、南のインドは綿、西のシリアは羊毛や亜麻布と、織物の原産地がペルシャを取り巻いている。

 

ある著名なペルシャ文化の研究者は、ペルシャの職人の特徴を分析し、「ここの職人は周囲の新しい技術をいち早く導入し、自分のスタイルにするために技術に改良を努めた。新しい発明は他の国でも行われても、一度ペルシャに入るとその技術はより高度に完成される。ペルシャの織物技術が世界の最高水準を保ち続けてきたのは、ペルシャ人の研究心の成果に他ならない……よそから来たものを好奇心旺盛に受け入れ、研究する。そして独特の変化をさせて、一層豊かな文化を開花させている」。

 

この研究態度はまさに、日本人の文化吸収の仕方と酷似している。これは日本人の最も本質的な文化形成力とペルシャ人特有の能力、地理的には遠く隔たった2 つの民族のまれにみる共時性である。ペルシャで産まれた織物は、シルクロードをへて中国に渡り、隋や唐の影響を受け変容を重ね、日本の正倉院に辿り着いたのである。

 

ペルシャ起源の文様といえば、古代ペルシャの宇宙観に基づいた聖樹、聖獣の結びつきが本来の姿なのであるが、正倉院に納められている文様には、いちばん緊密である文様の空間に、日本の山野の自然の草木が入りこんでいるところから、最近の研究で殆どのものが日本で作られたとされている。この変化が後の平安和風文となり、平安朝文化の美意識につながっていく。

 

西方起源の狩猟民族的な紋章から、我が国固有の優美な文様へと、一層豊かな独自の文化を開花させている事は、まさにペルシャの職人の得意とした技術摂取の美学を思わせるものがある。文化のシルクロードの帰着点日本から、精神文化の新たなシルクロードを世界の平和のために進展させて征く使命がある。