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「自覚」の美学

Life Heart Message 2018.5.14

 

英国のロイヤルカレッジオブアート(RCA)は、修士号・博士号を授与できる世界で唯一の美術系大学院大学である。2015 年のQS 世界大学ランキングでは「アート・デザイン分野」の世界第一位に選出されており、視覚芸術分野では世界最高の実績と評価を得ている学校である。

 

このRCA でプロダクトデザインを学んだ人ダイソン社の創業者ジェームズ・ダイソンは、次々と革新的な家電製品を世界に送り出している。またRCA が、ここ数年のあいだに企業向けに意外なビジネスを拡大しつつある「グローバル企業の幹部トレーニング」である。

 

この企業の幹部候補は、世界で最も難易度の高い問題の解決を担うことを期待されているが、これまでの論理的・理性的スキルに加えて、直感的・感性的スキルの獲得を期待され、またその期待に応えるために、各地の先鋭的教育機関もプログラムの内容を進化させている。例えばメトロポリタン美術館で実施されている早朝のギャラリートークに、学生交じって知的プロフェショナルのビジネスマンが、忙しい出勤前の時間を割いて、ギャラリートークに参加してアートの勉強をしている。

 

今日では様々な場所で聞かれる「不安定」「不確実」「複雑」「曖昧」という要素が複雑に絡み合う世界においては、要素還元主義の論理思考アプローチは容易に機能しなくなっている。そこで全体を直覚的に捉える感性と「真・善・美」が感じられる打ち手を内省的に創出する構想力や創造力が、求められることになったのである。多くの人が分析的・論理的な情報処理のスキルを身につけた結果、世界中の市場で発生している「正解のコモディティ化」という問題で、「他人と同じ正解を出す」ため、必然的に「差別化の消失」を招いている。

 

世界のエリートが、いま必死になって「美意識」を鍛えている理由が解る。「MBA 教育は害悪を社会に及ぼしているので止めろ」と言った高名な経営学者ヘンリー・ミンツバーグは、経営というものは「アート」と「サイエンス」と「クラフト」の混ざり合ったものだ。「アート」は、組織の創造性を後押しし、社会の展望を直感し、ステークホルダーをワクワクさせるようなビジョンを生み出し、「サイエンス」は、体系的な分析や評価を通じて、「アート」が生み出した予想やビジョンに、現実的な裏付けを与える。そして「クラフト」は、地に足のついた経験や知識を元に、「アート」が生み出したビジョンを現実化するための実行力を生み出していく。

 

ヨーゼフ・ボイスは「全ての人はアーチストとしての自覚と美意識を持って社会に関わるべきだ」と主張した。私たちは世界という作品の制作に集合的にかかわるアーチストの一人であり、この世界をどのようにしたいかというビジョンを持って、毎日の生活を送るべきだと言うボイスの言葉は、世界の行く末が混迷を深めているいまこそ、耳を傾けるべきであろう……