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「思考」の美学

Life Heart Message 2018.6.25

 

現代思想に最も影響を与えた思想家と言われるジル・ドゥルーズ(1925 年~1995 年)は、最高の哲学史研究者だった。20 世紀は、2つの核の時代、原子核と細胞核の時代であった。原子核に潜在する力を解き放った核兵器は、世界観と人間観を深く規定していた。核兵器は、政治権力の象徴であり、大量虐殺の象徴であり、死の終末を可能にした。一方の細胞核に潜在する力は、まさに解き放たれつつあり、細胞核には、生命を生かして死なせる力が潜在し、また生命の意識を進化させる力も内在している。

 

ドゥルーズは、自分の全著作は「生命論」であり、敷石の合間に通路を穿(うが)って、生命に出口を示す作品であると語っている。自然物を生産する力、生物を発生させる力は、知覚することも想像することも不可能である。だが、人間生命の力は知覚する眼や想像する脳と、知覚対象や想像対象を現実化する力がある。「人間の精神は物理的な精気になる」ドゥルーズは、そこから出発して、思考不可能な力を思考の極限として思考することにおいて、微分的なものを肯定的に思考した。

 

だからこそ彼は、不可能な新しき生命に対する、不可能な信仰、不可能な愛、不可能な希望を、肯定し、行けるところまで行った者だけに与えられる権利、「別の世界を信じることではなく、人間と世界の絆を信ずることだ。愛や生命を信じること。愛や生命を不可能なもの、思考不可能なものとして信じること。だが、思考されるしかないものと信じることだ。」と言った。

 

画家も、力を肯定的に描き出すために芸術的に苦闘してきた。「画家は、いかにして見えない力を見えるようにするか」とベイコンは問い続けてきた。ミレーは、馬鈴薯の袋を捧げ持つ農民を描いた。ところが、その姿形が、ミサで聖体パンを捧げ持つ聖職者に似ていると言われ、信心深い連中から不敬虔だと非難された。ミレーは馬鈴薯か聖体パンかどうでもよい。大切なのは、見えない重力を描くこと。新しいフィギアを愛して、その到来を希望した。何ものかを捧げ持つことによって、救済される来るべき生命を素描することに成功したのである。

 

セザンヌは、山を褶曲(しゅうきょく)させる力、林檎を発芽させる力、風景に漲る熱の力を描いた。ゴッホは、向日葵(ひまわり)の種子に潜在する力、それまで知られることのなかった種子の力を描いた。来たるべき風景、来たるべき植物を素描することに成功したのである。だから、画家たちには、絵画のフィギアが現実に到来することを、信じて、愛して、希望する権利がある。

 

哲学と科学は、生きる力を思考することにおいて、芸術は、見えない力を見せることにおいて、まさにその極限において「生命に対する信仰告白」としたと言える。

 

ゲーテは言った「私の発表した一切のものは、大きな告白の断片に過ぎない」……