· 

「簡素」の美学

Life Heart Message 2018.8. 13

 

日本の文化の特色は何か。一口でいえば簡素であると言える。日本人の世界観はこの簡素の精神を基本としていた。これは西洋文化の華麗なものと対照的であり、両者はまさに相反する性格を持っているが、日本文化の簡素の中にも華麗なものがないではない。簡素とは、「文極まれば素に反る(飾りをつきつめていくと、もとの飾りのないものになる)」というように、それは華麗の極致のものである。表現を抑制すればするほど内的精神はますます豊かになり、充実し、深化する。これを簡素という。

 

日本列島に土器の使用が始まったのは1 万2 千年前で、縄文時代で当時の縄文人はすでに一流の技術・芸術家であった。それは、四季の変化に満ちた美しい日本の風土と無関係ではなかった。渡来人の稲作文化を持った弥生時代になると簡素になってゆき、次いで古墳時代の埴輪に至っては、その簡素が極致に達している。このころに日本人の簡素の精神の基礎ができあがったのであろう。

 

日本人の心をよく理解したフランスの著名な詩人のポール・クローデル(1868~1955)は、日本の自然を「全体が崇拝のために準備され整えられた一つの神殿」といい、「日本がカミの国と呼ばれてきたことも理由のないことではない。」といった。また、日本婦人と結婚したポルトガルのモラエス(1854~1929)は、「日本人は宇宙のあらゆる部面に―――太陽に、月に、星に、山に、川に、森に、稲妻に、虫に、花に―――、いたるところに、神を見る」と、また「日本芸術の特色は簡素の精神に貫かれているものであり、そこに日本芸術の特色がある」といった。

 

日本では生き物だけでなく、裁縫に使用した針、書道に使用した筆に対しても、これを一処に集めて供養の碑を建てている。これは日本人の物に対する感謝の念の表れであった。『万葉集』に「敷島の 大和の国は 神ながら ことあげせぬ国」とうたっている。「ことあげ」とは言葉に出していい立てることである。日本人は自己抑制や克己を美徳としたのである。俳句は五七五の十七字で表される世界最短の詩形である。

 

芭蕉の『奥の細道』に「荒海や佐渡に横たふ天河」この句は、罪人が流される佐渡島を念頭において吟じたもので、流人の悲惨さをおもいやる芭蕉の悲愁沈痛な情が溢れている。日本の和歌や俳句や芸能のわびさび幽玄の美などは、日本文芸の世界に誇るべきものである。

 

東洋では知情意の渾然とした潜在意識を純化して、その直観によってこれを全体的に自得することを求めた哲学的思想であり、西洋の哲学思想は科学的思想の域といえる。西洋と日本はあべこべの文化で矛盾関係にあったが、日本人は潜在的に常に新しいものを受容して自己創造、自己啓発を願う民族性があるのだから、世界文化の向上発展に偉大な役目を担っている。文化の究極は簡素への回帰にあるのだから……