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「模索」の美学

Life Heart Message 2018.8. 27

 

近代日本における哲学は、「哲学」という用語そのものが、Philosophy(Philosophia)にあてられた訳語(西周あまね

訳)であり、まず西欧の哲学諸流派を輸入理解することをもっぱらとしていた。東大でフェノロサに学び、特にヘーゲルの観念論的弁証法を身につけたうえで、これを仏教に応用し、独自の宗教哲学を構築しようとした清沢満之のような先駆者もいたが、十分な展開にいたらなかった。やがて日露戦争を経て、明治40 年代に入り、近代化の成熟が加速し、これに応じて、夏目漱石が「自己本位」「内発的開花」というように、単なる西洋文化の鵜呑みではなく、日本に即した文化のあり方を模索する気運が高まるにつれ、哲学創造の動きが本格的に始まった。

 

その最初の成果としておおきな注目を浴びたのが、当時京都大学に着任したばかりの西田幾多郎が発表した『善の研究』だった。この著作は、単なる哲学専門書にとどまらず、この頃に増加し始めた知識階級層全般にまで教養書として読まれた。これ以来、田辺元、和辻哲郎、九鬼周造、三木清ら、それぞれ個性的かつ幅広い識見に富む哲学者が輩出し、京都学派とよばれた。

 

西田幾多郎は「経験するというのは事実そのままに知るの意である。まったく自己の細工を棄てて、事実を知るのである。……純粋経験は直接経験と同一である。自己の意識状態を直下に経験したとき、いまだ主もなく客もない。知識とその対象とがまったく合一している。これが経験の最醇なるものである。」純粋な経験は分析や論理を飛び超えて、一気に全体を把握する直観的なものであり、さらには、官能的といってもよいほど、五感全身をゆるがすものであることを「あたかもわれわれが美妙なる音楽に心を奪われ、物我相忘れ天地ただ嚠喨(りゅうりょう)たる一

楽声のみなるがごとく、この刹那いわゆる真実在が現前している」という。

 

また、相対的有無全体を呑みこみ無化する絶対無こそが世界の根源にほかならないとし、自我主体、客体をはじめ、あらゆる事象は、たえず、矛盾対立統一を果てしなくくりかえしながら生起していくありようを「矛盾的自己同一」また「絶対矛盾的同一」と名付け、その総体を容れる場として絶対無と提示し、最終的世界観とした。

 

昭和10 年代、日本は、急速に軍国主義化、全体主義化を強め、文化界もそれに巻き込まれていった。その代表例の京都学派の三木清のように、抵抗的姿勢をとったことから当局に検挙され、獄死することになった。西田、和辻、九鬼の場合は、それぞれの日本文化観を援用する形で、その結果として、結局擁護した絶対天皇制、大東亜共栄圏が敗戦により無残なまでに破綻した後、その思想的責任を問われることになる。西田幾多郎の言葉に「花が花の本性を現ず

る時、最も美しくなる如く、人間が人間の本性を現ずる時、美の頂点に達する」と……