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「エルナニ」の美学

Life Heart Message 2018.10. 1

 

1827 年当時のフランスの識字率は、人口の7 分の2 ほどであり、復古王政前半はさらに低かった。ギロチンによる処刑とその見物は民衆にとっては最大の娯楽であり、流血の祝祭であった。歯止めのきかない民衆暴力が惨事を引き起こした。当時のフランス人の寿命はなんと36 歳であった。それは生活環境、とくに栄養状態、衛生状態によって極端に異なり、上層階級と下層階級の差が甚だしかった。この時代に国民的な広がりをもって民衆に受け容れられ期待されたのが演劇ジャンルのメロドラマであった。この混沌のなかに現れた、歌あり、舞踊あり、涙あり、笑いあり、流血の惨事あり天衣無縫な娯楽活劇が唯一の道徳教育の場であった。

 

1830 年2 月25 日、古典活劇の牙城とされるコメディ・フランセーズで、ロマン主義文学運動のリーダーとなってゆくヴィクトル・ユゴーの『エルナニ』の劇が初演される。上演妨害があったが、若い詩人・芸術家のグループによって野次や怒号や口笛を抑えこみ、初演を成功に導いた。以後、毎晩のように同じことが繰り返されたにもかかわらず『エルナニ』上演は36 回を数えた。

 

これが、文学史でいう「エルナニ合戦」である。物語は運命に縛られ、運命に翻弄される形で、主人公と女主人公が悲劇的な結末を迎えるストーリーだが『エルナニ』の前後のユゴーは、同時代の政治社会に強い関心を示し、自らの時代がまさに歴史の転換点であり、一つの時代の終わり、新しい時代が訪れる予感に満ちたものと認識していたのである。要職には相変わらず高齢者が居座り、社会を支配し、若者の意見は無視され続けた。国王に若者の意見を忌憚なくぶつけたユゴーは「新しい世代の代表の一人」であり、『エルナニ』はそうした若者の悲願に応え、若者を熱狂させる作品であったのである。

 

『エルナニ』の序文にユゴーは「……文学が混戦と動乱のただ中にあるとき、いったいどちらの不幸を嘆いたらよいのだろうか?死に行く者か、それとも、生きて戦うものか?20 歳という若さで詩人がこの世を去る。詩の堅琴が無惨に壊れてしまう。洋々たる前途が潰れ去る。

 

……中傷、罵声、嫌悪、嫉妬、陰険な策謀、卑劣な裏切りといったものが周りから絶えず集まってくる者たち。不実な攻撃を仕掛けられる誠実な者たち。この国の自由を一つ、すなわち芸術の自由、知的活動の自由を付け加えることを……自ら正しいと信ずる活動を倦まず、弛まず続ける勤勉な者たち。……弱音を吐いてなんとする!若者たちよ。勇気を持とう!今この時が我々に対してどんなに辛い試験にされようと、未来は必ず輝かしいからだ。……文学における

自由は政治における自由の娘であることを……真実と自由を進展させるために……」

 

「文学における自由主義」の記念碑的作品となったこの『エルナニ』の初演から5ヶ月後の社会変革。1830 年7 月の「七月革命」に向けての「文学における前哨戦」であった。

 

ヴィクトル・ユゴーは言った「人生を正しいものにする。これが真の哲学である」と……